バジル

ある夜、家でシャワーを浴びていたら、どうしてか自分の足がいつもと違う見え方がした。進化の結果この形と曲がり方になったんだなぁ、なんて変な事を考えていた。そしたら急に、ベランダのあのほとんど枯れかけたバジルの苗を枯らしてはいけない。という思考が浮かんだ。あのほとんど枯れかけたバジルの苗というのは、僕が2週間ほど前に、立ち寄った長野の野菜直売所でバジルの葉っぱを買ってその場で食べたらめちゃめちゃ美味しくて感動して、お店のおばちゃんに勧められるままバジルの苗を一本買ってしまったそれ

買ったはいいものの僕は昔から生き物を育てられない。カブトムシもだめだったし、昔飼ってた犬も僕が餌やる役だったんだけど、サボるから代わりにお父さんがずっとやってた。ミドリガメに関しては最終的にカピカピにしてしまった。植物なんて全然だめ。サボテンがカラッカラになった。

バジルの苗を買ったときは嬉しかったしワクワクしてたから大丈夫な気がしてたんだけど、案の定気づいたらほとんど枯れかけていた。それを見ても、あらら枯れてる、としか思わなかったんだけど、シャワー中にバジルが枯れたら僕はだめになる。ってなんでか急に思った。というよりその思考が入ってきた。

そしてシャワールームから出てすぐ、買った時のまま黒いビニール製のポットに入ったほとんど枯れかけているバジルの苗にコップ一杯の水をごめんって思いながらあげた。そしたら気のせいかバジルが喜んでいる感じがした。

次の日の朝、バジルを見たら緑の部分が増えていた。驚いた。生命力も上がっていた気がした。またコップで水をあげた。

何日も経っていないけど、それから毎日水をあげている。枯れた部分も取ってやった。どんどん緑が増えてきて、葉っぱも一枚食べた。実家の畑に植え替えようかとも思ったけど、もう少し近くで見届けたいと思ってやめた。

たかが水をやるかやんないかだけなんだけど、その簡単なルーティンを怠るだけで植物は枯れてしまう。当たり前の命のグルーヴ的なものを学んだ。こんな事みんな分かってるんだろうけど、僕の中にはなかった特別な感覚だった。

才能もほっとくと枯れてしまうけど、水をやるぐらいの簡単な事でいいから才能の為になにか続けていれば、成長するんだろう。それは人間関係とかお金とかも一緒だろう。現在まだ僕が音楽で軌道に乗っていないのは、その辺がわかってないからだろう。そう考えると枯らしてしまった人間関係あるなぁ。なんなら引っこ抜いてしまったやつもあるな。

この辺の事をシャワー中に感じてバジルを枯らしたら僕はだめになるって思ったんだろうな。その時はわかんなくても後で考えるとそういう事かってことあるよね。

これらの感覚を忘れないように早めに歌にしようと思う。

130円のバジルの苗から色んな事を知った話でした。 それではまた次回までさよなら。

あっ、バジルがうまく行ったら、実家の畑に枝豆でも植えてみよう。ゆみちゃんはフルーツも植えたいって言ってる。

もいっかいさよなら。

あっ子供みたいなの生えてきた!雑草かも知んないけど。

またもいっかいさよなら。

Basil
2016-08-23

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